私は実はオーストラリアでDiplomaを取得、その後マレーシアで現在Bachelor課程に所属しておりまして、若干普通ではない経歴を持っているんですけども、本記事では、
「オーストラリア留学をやめた理由」
そして、なぜマレーシア留学という選択に切り替えたのかを、私自身の体験をもとに詳しくお伝えします。
これから留学を考えている方にはぜひこんな人間もいるんだという情報になったらいいなと思いますし、それから、今留学生活がしんどいと思っている方がいらっしゃいましたら、私の(おそらく一般的に過酷と言えるでしょう)オーストラリア生活を知って、自分はまだマシだなどと心の支えにしていただけたら嬉しいです。
「留学」と言ったらまあ皆さんキラキラしたインスタでよくみるような素敵な海外生活をイメージすると思いますが、私の場合はですね、まさに「生存」をかけた過酷な毎日でした。
最終的に私は、オーストラリアを去り「マレーシア」へ移る決断をしたのですが、 それがなんでそういう結論に至ったのか、ぜひ読んでいっていただけたらと思います。
私のオーストラリア留学が「生存をかけたサバイバル」になった3つの理由
オーストラリア留学は学びが多い一方で、18歳の私にとっては生活・メンタル・環境のすべてが想像以上にハードでした。
1. 物価高の罠:18歳の一人暮らし、節約の果てに肋骨が浮いた
まずは皆さんご存知の通り、資金面ですね。オーストラリアの物価は想像以上で、18歳の一人暮らしには「節約=健康を削る」選択になってしまいました。
オーストラリアは留学にもワーホリにも人気の国ですが、もちろん物価は日本の比じゃありません。賃金も世界トップなだけありまして、外食をすれば1食2,000円は当たり前。スーパーの買い物ですら、日本の感覚では考えられないほど高い。まあもちろんこんなことは留学を決めた時から想定していたことではありますが、高校を出たばかりの18歳の初めての一人暮らしの人間にとってはこれはなかなか大きなハードルでした。これはもしかすると私に限った話かもしれませんが、まず一人分がわからない。実家にいた頃から母の手伝いは日常的にしていたので、家事力に関しては大した問題はなかったのですが、家は4人暮らしでなんせその量にしか慣れてない。さあいざ一人分を作ろうとなってもそんな量は私の記憶にはないわけです。
ここで一般的には、一人分がわからないー>作りすぎるー>太るなんてのがあるあるのようですが、いかんせんあの物価高。さらに持ち前の節約精神がうまいこと合わさった結果、少なすぎるー>痩せるというとんでもない負の結果に陥ってしまったのです。今考えれば別の敗因として平均的なお値段がわからなかったという点もありますね。オーストラリアには意外と日本の食材より安く手に入るものも多々あるんですけども、そこまで日本の平均価格のようなものを把握していなかった私にとってはとにかく全てが高かった。あとはオーストラリアドルになると数字が小さくなるじゃないですか。それも何故か高く見えてしまっていたということもありますね。普通海外留学行ったら太るよなんて言われますが、外食もせず、毎日細々とした食事をとっていた結果、肋骨は浮き、生理も半年以上止まるという結果になってしまいました。
そしてこれだけにとどまらず、ここからさらに負のループが待っているワケです。
2. それがメンタルの不調。
人生で初めて家族を離れて一人暮らし、ましてや日本からおよそ飛行機で9時間ほど離れた海外で住んでいるわけなので、当たり前のように精神的な問題は生じましたが、ここに栄養不足というか食事量不足が重なりまして、さらにそのメンタルを拗らせ始めました。
まず、渡航後しばらくは多くの留学生の例にもれず、基本泣いて過ごしていました。でもネットで色々調べながら、まあこれも最初のうちだろうと思っていました。しかし、ネットに書いてあった2〜3ヶ月が経ちましても、一向に治る気がしません。その頃です、本格的にメンタルをやられ始め、全ての気力を失いまして、音楽も流せない、テレビも見れない、もう直ぐ提出の課題も、やらねばならないことはわかっているのにできない、そんな状況に陥ってしまいました。
今考えると、これはおそらくうつ病の類だったのではないかと思うんですが、ここで皆さんに覚えておいていただきたいのは、私はこんな状況下でも普通に毎日休むことなく大学に通い、授業は普通にこなし、友達とも普通に話せていました。完全に分かりやすくダメになるんじゃなくて、一人になった時にどうしようも無くなるくらいしんどい、こんな感じだと一見大丈夫なような気がしてしまうかもしれませんが、それはだいぶ大丈夫じゃないです。それは一旦自分で認識してあげるのが大事かなと思います。実際私はストレスが原因で一瞬味覚を無くした時期もありました。その前に一回コロナの後遺症で味覚障害になった経験があり、それよりは全然長引くこともなくホッとしたんですが、やっぱり気持ち的に平気だと思ってても体は容赦なくSOSを出してくるなと実感しました。なので、ちょっとでも風邪とかではない変な不調が出たら、それは精神的にしんどいよというメッセージだと受け取り、自分と向き合ってあげてください。
とまあ、話はずれましたが、そのすべての気力を無くした時でも私、意外と冷静でした。あ、これはだいぶまずい段階に入ってきたのでは無かろうかと気力ないままベッドで横たわりながらそんなことを考えていました。
「逃げるは恥だが役にたつ」
こんなタイトルのドラマが10年ほど前に流行りましたが(めちゃくちゃ大好きで毎年見直してますけども)、まあまさにその言葉を具現化したような人間が私なのですが、今回も同様、現実逃避を始めました。
元々Diplomaを取得後にBachelor2年生に編入という形で進める予定だったので、一旦Diplomaさえとってしまえばそこで一区切りにはなるんですよね。要するに、そこがとにかく手前のゴールだったんです。そこまでやったら一度日本に帰ってもいい、そう自分の中で逃げ道を作ってあげることで、徐々に奈落の底にあったメンタルを一歩ずつ回復させていきました。
手をつけられなかった課題も、大丈夫、大丈夫(これが当時の合言葉だった)ととにかく騙し騙し一つずつやって、なんとか提出、そして少しずつ自信も取り戻していくという感じでした。
3. 地獄の住環境:極寒の冬と、アリとの共存生活
これに関しては物価高というのもまた関わっては来るんですけども、住環境もまた一つ過酷な状況だった気がします。
オーストラリアでは結構家探しというのが一つ大きなハードルで、にもかかわらず私は最初に寮を1ヶ月だけ契約して、その1ヶ月の間に次の家を探すという今考えるとだいぶ無謀なプランで渡豪しまして。ただ、運のいいことに実際内見に行ったのは2箇所くらいで、その中の一つに決まったので、それほど苦労した記憶はないのですが、実はその家がなかなかの代物で……
決め手は大学からの近さ(なんと徒歩10分)と、家賃の安さでした。


まず、私のその部屋がどんな感じだったか、写真がこちらになるんですけども、見ていただけるようにとても狭いんですね。シングルサイズのベッドとサイドテーブル、そして申し訳程度の棚です。机と椅子すらないので当時はリビングから椅子を拝借するか、ベッドを椅子代わりに、サイドテーブルをなんとかテーブルとして使用していました。
家賃は週220ドルなので月880ドル、当時のレートで大体85,000円ちょっとと言ったところです。これ、広さを考慮しても日本を基準にするとだいぶ高いと思うんですけど、オーストラリアの中では自分が見た中ではほとんど最低価格でした。
7月から留学が始まったのですが、オーストラリアは南半球なので、その時期はまさに真冬です。ブリスベンは比較的温暖な気候と言われますが、それでも朝と夜はだいぶ冷え込みます。
実は、この部屋一つ重大な問題がありまして、なんと窓が閉まり切らないんです!調べてみたところオーニング?という種類の窓のようなんですが、写真でわかるでしょうか、隙間が地味に空いておりまして、外気が入り放題でした。そのため、引っ越してしばらく、夜はもはや外に布団ひいて寝ているのかと思うほど極寒の日々でした。初めて実感したんですが、人間、あまりに寒いと眠れないみたいです。Tシャツの上にトレーナーを着て、さらにダウンを着込み、ズボンは2枚履き、靴下をはいて、布団をかぶって寝るというサバイバルライフを何日か続けたあと(それでも寒い!)、家族が日本からAmazonで購入してくれた電気毛布が届いたおかげで、なんとか安眠を取り戻すことに成功しました。

まだまだこれだけでは終わりません。私の部屋は北西側の端だったので、南半球ではまさに午後に日が差し込んで差し込んでという状況でした。お察しの方もいらっしゃるかもしれませんが、今度は真夏が私を襲います。とにかく部屋が暑いんです。もちろんシェードはありましたが、オーストラリアのあの照りつける日光を舐めてはいけません。容赦なく部屋を灼熱にしていきます。それが夜になっても冷めないんです。なぜなら!あの例の窓は閉まりきらないと同時に、開ききることもないから!
さらにもちろん、この部屋にはエアコンもなければ扇風機もありません。もう地獄のようでした。涼しさを感じる唯一の方法はシャワーを浴びることくらいでした。なので、基本的に徒歩10分の学校の冷房ガンガンの図書館に逃げ込み、日が差し出すお昼頃から日が暮れるまで勉強ないしは遊んでいました。しかし問題だったのは冬休みです。12−1月ごろは真夏真っ只中。冬休みですが、ほとんど毎日エアコンを求めて図書館に入り浸っていました。しかし年越しも間近に迫った頃、絶望的なニュースを耳にしました。なんとメンテナンスで1月の初週は封鎖すると。まさに詰みです。しかしあの灼熱地獄のような家にいたら熱中症か何かでやられてしまう、そんな葛藤の末に導き出した対処法が、大学の敷地内の外に設置されている机付きのベンチでした。もちろん外は暑いですが、あの窓が開かないこもりきった部屋よりは圧倒的にマシでした。なぜなら風が吹くので!誰もいない年末の大学の外のベンチで一人で過ごした日々は今となってはいい思い出です……
みなさん、比較的北側のオーストラリアで部屋を探す際は、エアコン、少なくともシーリングファンのついた部屋に住んでくださいね!!!
しかし!まだもう一つお伝えしたいことが…
それがアリ問題です。
オーストラリアに限らずかもしれませんが、アリに関してはおそらく多くの海外住みの方々の頭を悩ませているのではないでしょうか。実際私も、マレーシアでも何度か痛い目にあっております。
しかし、オーストラリアはその比じゃない。あの窓の建て付けから分かるように、アリ、入り放題です。そのため、まず朝はベッドに登ってきたアリに足を噛まれて目を覚まし、昼間はベットを占領され、食べ物をそこら辺に出しておこうものなら即アウトです。なんとあいつら塩にまで侵入してきますから!許せない!!面白いのが、アリは朝方私の部屋に来て、昼間はベッドの上で過ごし、夕方になると帰っていきます。うちの部屋に通い詰めてるんじゃねーよという気持ちですが…
そして何より、あのアリだけかもしれませんが、潰すとなんとも言えない甘い嫌なにおいがするんですよ。付き合いも長くなってくると潰さなくてもアリのにおいを嗅ぎ分けられるようになり、あ、あいつらがきている!と寝ててもわかるという特殊能力を習得しました。その匂いが嫌で、途中から潰すのも諦めて共存への道を選択しました、、、
なぜ「マレーシア進学」への切り替えが、私を救ったのか
とまあ、色々あったのち結論として、Diploma取得後は日本に一旦帰国、その後マレーシア学部進学という選択肢を取るわけですが、様々な懸念と多少の後悔も抱えつつ、トータル的には正解だったんじゃないかなと思っています。
家賃8.5万円の「地獄」から、6.5万円の「天国」へ
現在住んでいるのはシェアハウスですが、プライベートバスルーム付き、クイーンズサイズベット、そして机と椅子完備、さらにはエアコンと天井のでっかい扇風機付きの、あの地獄のオーストラリアの小部屋に比べると圧倒的に夢のような部屋です。部屋の広さも2.5倍はありますし、変わらず学校からは徒歩15分以内と立地も最高でして、まさに天国と言っても差し支えない環境です。もちろん窓は閉まりきりますし、アリの侵入は、、、まあそれは定期的に部屋の中でこんにちはすることはありますが、オーストラリア時代からは信じられないほど「家」です。そして家賃も、月およそ6.5万円ということで、マレーシア万歳ですね!
さらに、マレーシアも最近は物価は上がりまして、日本とそれほど大差はないのですが、外食はまだまだお手頃価格です。それもあって、たまに友達と授業合間にお昼に行くとか、そういうことが気軽にできるようになって、私のストレス指数を大きく下げてくれています。こういう時間があることで、友達との仲も深まり、英語力も上がるんですね。ありがたいことですよ本当に。
まあこの選択に踏み切れたのは、豪州での残り2年よりも、+マレーシア3年の方がトータルコストが安いということでした。これがもしオーストラリアのほうが安ければ、あの環境で死にかけながらなんとかこなしていたかもしれません。
英語力の不安に対する答え:マレーシアでも成長は止まらない
マレーシア留学という道が私の頭にあったのは、そもそも高校時代に、マレーシア留学とオーストラリア留学で悩んだ過去があったからです。当時は、英語力の不安(訛りとか)と、就活などを考えて、オーストラリアを選択しましたが、実際行ってみると、クラスメイトの多くはアジア人で、環境としてはマレーシアとそれほど大きく変わらないのではないかという感じでした。
まあそれもマレーシアへの認識がほとんどない状態での判断だったので、今考えると、マレーシアは中国語の割合が高く、英語より中国語の方が聞く機会が多いなんてこともありますので一概には言えません。
とはいえ、授業は英語だし、マレーシア人の友達とは英語だし、訛りも聞き取れるしそれほど移ることはないので、そこまでのデメリットは感じていません。欧米の映画やドラマも圧倒的に聞き取れるようになっていますし。
最後に:今、留学が辛い人へ
もし、今の環境で自分を壊しそうになっているなら、「場所を変えること」を考えるのはありだと思います。たとえ、結果的にその判断を取らないにしても、一旦そういう可能性もあるよということを考えたら多少気持ちは楽になるかもしれません。ありがたいことに、海外の大学では編入ということが日本よりも柔軟に扱われています。大学に連絡を取ってみる、そういうちょっとした行動を起こすことだけでも、今の閉塞感から解放されるんじゃないでしょうか。
私はオーストラリアを諦めたことに、100%の後悔がないと言えば嘘になります。でも、あのままあそこにいたら、学業以前に「生活」が壊れていたと思います。健康も、気力も、どこかで完全に折れていたかもしれません。少なくとも一回は熱中症になっていたでしょう。しかし、オーストラリアはめちゃくちゃ好きなので、機会があれば、またぜひ行きたい国No. 1です!あの部屋には住みたくないけど!
でもマレーシアに来て、もちろんいろんな問題はありつつも、ようやく人間らしい生活を手にいれ、前向きに映画を学べています。私のこのサバイバル経験が、何か皆さんの助けになれば私のあの過酷な日々が少しは報われるんじゃないかと思います。